†三章† 回想・月夜の邂逅

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 ──ようやく帰れるのか……  我が家に帰れるのは大変喜ばしい事なのだが、生憎腹が減りすぎて叫ぶだけの気力がない。  しかし、心の中で、ささやかな幸福を噛み締める。 「じゃあ、改めて自己紹介するわね。私は御巫桔梗。《薔薇十字団》《十二使徒》の一人で、通称(幻想召喚師(ファントムサモナー))よ。よろしく」  桔梗は微笑み、未だに刃物を研いでいる少女へと視線を移す。 「あの娘はスプリガン。私の補佐みたいな事をしているわ。見ての通り、ちょっと個性的だけど」  ──確かに……  静かに相槌を打ちながらも、言葉には出さない。今日は、これ以上体を斬り刻まれるのは御免だ。 「それでは、私の番ですねー」  抑揚を欠いた無機質な声が、響く。  そして、張り付けたような無表情が、腹話術人形(あるいは呪いの人形とも)さながらに、淡白に口を開閉する。 「私は火之神遙火ですー。《薔薇十字団》御巫部隊の魔術師で、火が得意属性ですねー。これからよろしくお願いしますですー」  全ての自己紹介が終わると、澄輝は天にも昇る高揚感で満たされていた。  そして、 「「入団おめでとう」ですー」  二人の声が重なり、共鳴した。  澄輝としては、どこぞのカルト教団に迎えられたようで居心地が悪いが、この際そんなのはどうでもいい。  とりあえず、家に帰れるという事実が重要なのだ。 「サンキュ。……さっそくだけど、みかな──── 「ようやく私の話が出来ますねー」  家に帰してもらえるよう、桔梗に頼もうとしたところ、抑揚を欠いた声が割り込んできた。  何か思い当たる節があるのか、桔梗は気付いたように苦笑いを浮かべた。 「話……?」 「はいですー。現代の魔術について、今日はガイア仮説をまじえた講義を」  澄輝の背中を、嫌な汗が流れた。本能的に、悪寒がなぜか全身を駆け巡る。  脳が警鐘を鳴らすが、それは同時にどうしようもないという事実をも告げている。  ──ハハハ……  乾いた笑いが、口の端から少し漏れてしまった気がした。 「ここで言う魔術とはですねー、一般的に形式化された……」  神の悪戯か悪魔の陰謀か、羽間澄輝は、そう簡単に家へ帰れない運命にあるのだった……
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