†一章† この世界の裏の裏

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「クソ…………優良種たる、ヴァンパイアの……私が……」  《薔薇十字団》に与(クミ)するダムピール、羽間澄輝に付けられた傷が癒えない。  ヴァンパイアと人間の狭間に産まれたダムピールは、ヴァンパイアを滅する力を持つという。  そして、黒い男は身をもってそれを思い知らされた。ぼたぼた、と道路に赤を穿(ウガ)つ血液は、本来ならとっくに止まっているはずなのだ。  しかし、《再生血液》と呼ばれるヴァンパイアの特殊な血は、完全に機能不全に陥っていた。 「早く……血を……」  ヴァンパイアの血液は、新鮮な血がありさえすれば再度作る事が可能だ。人間だった頃に持っていたような造血能力は存在しないのだが、外部から摂取した血液を特殊なモノへと変質させる事は出来る。  言うなら、鶏を育てて卵を得る事は出来ないが、買ってきた卵でオムレツを作る事は出来るという事だ。  つまり、ヴァンパイアと人間の体に流れる血は、それこそ違った血液なのだ。 「ぐ…………」  先程戦闘があった地点からは離れたものの、安心は出来ない。いつ追っ手が来るか解らない状況であり、血液の摂取は一刻を争う程重要な事だ。  《再生血液》の機能が働かないのでは、ヴァンパイアの最大の強みである体組織の再生能力が使えない。いくらヴァンパイアと言えども、全身の血液を失ったら生きてはいられないだろう。  男は肉体の痛みと屈辱に、その表情を憎らしげに歪めた。  そして、無駄に長いマントを重そうに引きずりながら、あてもなく夜道を彷徨(サマヨ)う。 「クソ…………クソ……!!」  先程の少女を取り逃がした事が、果てしなく悔やまれた。  ──ヴラドの野郎め……!  こんな姿で組織────《白銀の月夜(ルナティックナイト)》に帰れば、笑い者にされるだけだと、黒い男は焦る。  組織内でも、最もヴァンパイアらしいと称されていた自分が、こうも簡単にあしらわれた事にやり場のない怒りが湧き上がった。  と、その時、 「そう簡単に、逃がすわけにはいかないのですよねー」  酷く抑揚を欠いた声が、少女の音色で耳に届いた。  突然の出来事に、黒い男は動揺し、体を震わせる。  ──恐れ…………か。これでは、ヴァンパイア失格だな……  男は背後を振り向かず、自嘲気味に笑みを浮かべた。
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