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最近、美咲の周りではシングル率が低くなっていた。つい先日も、同僚がひとり結婚したばかりだった。
更に上司や男性社員までも、給料がカットされたためなのか?
「ちょっと帰りに一杯行こう」などと言うセリフが出てこないありさまだった。
「今夜もおひとり様するか…」
こうして美咲は、ひとりの時間を持て余すようになっていた。
帰りに決まって向かうのは、会社近くにある「Aqua」というショットバー。そこは5階建てのビルの最上階にも関わらず、エレベーターなしの店だった。美咲は店のマスターに
「だから一見さんが来ないのよ。」などと酔うと必ず言ってしまう。でもその実は、そんな所も気に入っているのだった。
その夜マスターは、美咲が店に入るとすぐさまカウンターに来るよう合図した。それもそのはず美咲の指定席でもあるテーブル席が、かなり出来上がった背広姿のサラリーマン達でいっぱいになっていたからだった。美咲は、少し苛立ちながらカウンターに腰を下ろし、ビールを注文し横目でいつもの自分の居場所をチラ見した。
美咲は目を疑った。あんまりビックリして、もう一度彼らを見ようとする自分を必死で抑えていた。ビールをひとくち飲むと、冷静さを装いさりげなく、あくまでもさりげなく驚きの原因を確認した。
(剛志先輩だ!!)
テーブル席の端っこで、愛想笑いをしながらしぶしぶグラスを傾けているサラリーマン。間違いなく、バスケ部で憧れていた先輩だった。
美咲は一瞬にして胸が高ぶり、あの頃へ意識が遠のいて行った。好きと言う思いを、告げることの出来なかった初恋。
それでも彼の誕生日に一代決心をして、彼の好きな色をしたスポーツタオルをぶっきらぼうに手渡したりした。
その夜美咲は、何だか気持ちが穏やかになり早々と店を後にした。あのサラリーマンが本当に剛志先輩だったのか?
先輩は自分を覚えているのだろうか?
美咲にはそんな事を確かめるよりも、キラキラとしていた頃の自分を思い出せた事の方がずっとずっと大切に思えていた。
あの日以来、しばらく振りの
「おひとり様」
美咲はいつものテーブル席に座る。
するとマスターが
「これ…渡してくれってさ。」そう言ってカクテルを差し出した。
「え?誰が……!!」
ピンク色した液体が入る、そのグラスを見た瞬間、美咲にはすぐ解った。
先輩の好きな色。あの日のスポーツタオルの色。
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