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まだ色々と聞きたかったのだが、口を開こうとすると人差し指を唇にあてられ、今はおやすみになってください、と目じりを吊り上げられた。そんな仕草も、俺の記憶のどこかにある気がして仕方ないのだ。しかし、奥深くにしまいこまれているようで中々出てこない。
言われた通りにしばらく体を休めていると、どうにか立てるまでには回復した。
「まだお顔が優れないようですが、あまり表に出てるのはよくありません。貴方に見て頂きたいものがあります」
うやうやしく跪く彼女に、以前はどんな関係だったのかと思案を巡らしながらも頷いた。
こちらに、と歩き出すアリカの背中について俺は歩く。どこまでも似たような塀が続く。人の気配はやはり無く、さびれた場所だった。アリカが言うには貧困街とのことだが、誰もいないではないか。
そう思っていると、視界に動くものが入った。それが何だかはっきりと理解したとき、再び吐き気を催す。
「人、なのか……?」
もともとは、と彼女は肩を震わせて言った。そこには汚れたバスケットに入れられた、肉の塊のようなものが蠢いていた。手足は見当たらず、頭だったものだと分かる場所にはいくつかの穴が空いているだけだった。その配置が少しでもずれていたら、それが元々何だったのか分からなかっただろう。人間としての外観をほとんど失っているにも関わらず、それはまだ生きているようだった。
「なぁ、見せたいものってのは」
「そうです」
俺は嫌気がさした。今すぐにでも引き返そうと提案したかったが、どうやら彼女のほうが堪えているようで、振り返ったその目に涙を蓄えていた。
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