十三番目

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「つゆも変わらない。またも罪を重ねるか」 その呼気に合わせて濃い魔力が漂い、息が詰まりそうになる。これだけで人の命を奪うには十分に感じられた。アスタロトは色の無い瞳でクラウスを一瞥した。総毛だった様子の彼は四肢の力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。アスタロトの纏う空気はその場を支配していた。 悪魔は静かに、口を開く。 「罪深き血よ」 視線が俺を貫く。心臓が委縮する。 「数多の命が散った。禍根の血が手向けとなろう」 アスタロトが騎乗する有翼の獣はずるりと足を引きずり、俺を正面に据えた。 「諦めないで……」 結界の向こうでルナサは崩れ落ちる。こいつが俺のために涙を流している事実に、このような状況下でも少なからず驚いている自分がいる。しかし、その言葉は虚しかった。どうして涙と共にそのようなセリフを口にするのか。 「ああ。せっかく、お前が傍に置いてくれるんだからな」 言葉に反して体は言うことを聞こうとしなかった。いつかの回復力は失われたかのように機能せず、傷だらけの四肢はピクリとも動かない。再生の魔法は発動していない。生きることを諦めた俺はもはや魔法にも見捨てられたということだろうか。  思っていたよりも、命が奪われる時というのは音も無く訪れる。アスタロトは前傾姿勢になり、俺を殺す魔法をその手にした。ああ、と俺は納得する。 極彩色の歪みは、高密度に圧縮された魔力の塊なのだろう。そんなものをぶつけられては、ただで済むはずがない。 「終止符を」 悪魔は口をほころばせた。色の無かった瞳には、悦びが映り込んでいる。 ああ、これで死ぬんだな。 ルナサの悲鳴が耳に届いた。
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