幸福の海

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叔父が経営する喫茶店を出るのと入れ違いに、若いカップルが店に入っていった。 「やだもぉ~」 女の方が、語尾にハートマークがつきそうな甘ったるい声を出しながら、じゃれあう。 しかし、その女の『色』は嫌悪に染まっていて、男はそれに気付かない。 そして、男も、「面倒くさい」。そんな『色』だ。 どうでもいいと思ったって、視えてしまうものは、どうしようもない。 人間というのは、複雑な感情を持って生きている。 思ったままを表面に出すことはなく。 たいていは、ドロドロと渦をまくような物思いや 目を背けたくなるような傷を背負っていて。 俺は、それが『視える』。 心の中を覗き込むような心地悪さに、時々気分が滅入る。 神様なんて、信じない。 もしいるんだとしたら、とんだ悪趣味だ。 人間の感情を『視る』ことができる人間をつくるなんて。 悪趣味にもほどがある。 いつまでこんなモノと、付き合っていかねばならない?
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