9人が本棚に入れています
本棚に追加
やっとの思いで駅に辿り着く。
この寒さで少し凍ってしまったドアを抉じ開けるが、全部は開かないため強引に体をねじ込んだ。
乗ろうとしている始発便はまだまだ来ない。
狭い待ち合い室の真ん中にあるストーブに炎が灯っているわけもなく、この空間も冷えきっていた。
ふぅ…とため息をつくと、白い息が出て冷たい空気に吸い込まれて消えた。
無機質な感触のベンチに腰掛け、コートの右ポケットからあるものを取り出す。
東京行きの片道切符。
文字通り、『片道』だ。
帰りの分は無い。
もう二度とここに戻ってくるつもりはないのだから。
そう、絶対に。
これから行くところは、夢と希望に満ちた…それでいてちょっぴり危険な自由の街。
バイバイ、このぼろぼろな駅。
バイバイ、歩き慣れた道。
バイバイ、楽しい思い出なんかなかった学校。
バイバイ…お母さん。
バイバイ、小さくて田舎の…私の大好きな、この街──…
さようなら。
“奈緒子ちゃん”って、誰かが遠くで呼んだ気がした。
──奈緒子ちゃん
ほら、また。
──奈緒子ちゃんってば…
…あれ?これは夢?
.
最初のコメントを投稿しよう!