42人が本棚に入れています
本棚に追加
ネクロス、テオドア、アルゴス。三国間の戦いは激しく、いつもどこかで戦いが繰り広げられていた。今いる戦場もその中の一つであり、直属軍の一員として馳せ参じていた、のだが。
その中で。ミスをしてしまった。
「…う゛っ…あ…!」
腹部が燃えるように熱い。敵兵の攻撃をもろに食らってしまった。
戦場では一瞬の隙が命取りだというのは分かっていたはずなのに、自分の不甲斐なさが憎らしくなる。奥深くまで突き刺さった刃がずるりと引き抜かれた、鋭い痛み。強い鉄のにおいがして喉から何か液体が逆流してくるのが分かった。
「……がッ」
地にこぼれたのは濃い赤の液体。
戦の間中見慣れた色だった。戦場を濡らしている色だった。敵味方の関係なく等しい唯一のもの。不味い鉄の味が、舌を覆う。吐き気がした。どくどくと早鐘を打つ心臓の音があまりに煩くて耳の横に来たかのように錯覚する。先ほどまで聞こえていた戦場の喧騒が、それに塗りつぶされる。
心音に支配された世界の中。そのまま剣が振りかぶられるのを、スローモーションで見た。
ここで、殺されるのだろうか。
今まで己が敵の命を奪ってきたのと同じように。
灼熱の痛みの中なぜか頭だけは冷静で。騎士の誇りである剣を落とすような真似はしていない。しかしもはやそれで防御する余裕はなかった。
次に感じたのは強烈な風。一瞬にして青く染まる視界。一面の青。
あまりにも鮮烈なそれに、死後の世界を見たのだと思った。けれども青を感じたのは一瞬で、身体を苛む激しい苦痛と強風による耳鳴りがまだ生きているのだということを強く主張する。世界に音が、戻る。
「衛生兵!」
仲間の叫び声。そうか、と思った。先ほどのは仲間の暗黒騎士による剣戟だったのだ。殺そうとしてきた剣士はそれに飲み込まれて姿を消していた。
仲間にがしりとつかまれて、後方へと移動させられる。前線が遠のく。戦いが遠のく。救助に感謝の言葉を言おうとしたら、代わりに血が溢れた。今はまだ、生きている。
最初のコメントを投稿しよう!