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「久し振りだね、上條さん」
『噂をすれば何とやら』とはまさにこのことだ。
一ヶ月間すれ違うこともなかった人物と、昨日の今日で遭遇した。
突然の出来事に対応出来ず、コーヒーを淹れる手が止まる。
大丈夫だと高を括っていた……。
企画部には専用のコーヒーメーカーがあるから、まさか階の違うここに来るとは思わなかった。
「……お久し振りです」
出来れば逃げ去りたい。
今すぐに。
そんなこと出来るはずもなく笑顔を返す。
心臓は暴れまわっているが不自然にならないよう努めて落ち着いた声を心がける。
「ごめんね、ろくに連絡もしないで」
「いえ、お構い無く」
落ち着け、落ち着けと念じながらの笑顔は引きつってはいないだろうか。
気持ちを見透かされそうで、思わず視線をそらしてしまう。
視線の置き場に困り、コーヒーメーカーへ定める。
意味も無く滴り落ちる黒い液体を見つめ続けた。
「残念だな」
静かな給湯室に響く声に顔を上げると、少し眉を下げた寂しそうな鳳院さんと目が合った。
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