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そんな日々が続いたある日のこと。孝行はいつもならば周りなど目に入らないぐらい異常な執着を持ってシュートを続けるのだが、ふと皆がゲームをするコートを眺めてみた。
「なっ、なんだ?皆…皆が凄く上手くなってるぞ!?」
競技にもよるが、多くの場合スポーツは一人でやるより他人から技術を吸収し競い合い上達していくものだ。孝行と他の皆との実力に差が出るのも当然の話。
「………まぁ、まずね。」
孝行はその日からバスケットを辞めた。
その日からの孝行はさながら廃人のようになった。
一人で部屋に閉じこもり動かない。文字通り一歩も動かない。食事や排便すら家族の世話無しでは満足に出来ず、全身の力が抜けた状態が続いた。目はずっと一点を見つめ、口から涎を垂れ流す。
「フフフゥ、ドゥフフゥ…NBA…制覇…ドゥフゥ…全国ぅ…」
と意味の分からないことを延々と呟く。
これにはさすがに家族も心配した。執着心の強い子だとは思っていたが、執着の対象を失うとこれほどまでに駄目になるとは考えていなかったのだ。
母親は孝行を医者に見せたが
「いやぁ、手の施しようがありません。こんな子は居ない方がいいんですよ!!今から山に捨てに行きましょう!」
とやんわり治療を断られた。
仕方無く自宅療養を続けていたところ、一人の親戚が思いつきで孝行に釣竿を与えた。
与えたことを忘れ隣の部屋で家族が談笑していると、孝行の部屋から物音が聞こえ始めた。
カラ…カラカラ…カラ…
家族が扉を開けると孝行が一人で釣竿を手にし、カラカラとリールを回していたのだ。
「た、孝行?だ、だ、大丈夫なのか?」
カラカラ…カラ…。孝行はリールを回す手を止め、家族に向き直った。その目は生きる力に満ち溢れている。孝行はニコッと笑って叫んだ。
「全国制覇だー」
それから孝行は釣りに執着するようになった。
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