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鏡が完全に消えると同時、視界に色が戻った。
通りには人が往来し、空は青くポストは赤い。何時も通りの変わらない光景。
しかし、そんな変化は今の俺にとって何の意味も為さない。
「さあ帰りましょうか」
弥栄さんが何か言っている。だが、俺の耳には届かない。
触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい……
靄がかかったような頭の中にはただそれだけ。何故触りたいかなど理由ももう思い出せない。
俺の足は一歩また一歩と弥栄さんに近寄る。
「一ノ瀬さん?」
怪訝そうな表情の弥栄さん。
もう届く……
手を伸ばせば届く……
俺は右手を伸ばし………………………………………………………………………………………………………………………………特盛りを握った。
「―――きゃあぁぁぁぁぁ!」
ズドン!
握って一拍置いてから響く悲鳴と俺の腹部から放たれた鈍い音。
弥栄さんの正拳突きが鳩尾に叩き込まれた音だった。
そのまま俺の意識は闇に飲まれる。右手にはささやかな温もりを残して。心の中には満足感のみを残して。
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