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迷う事無く突き進め。
再び野獣に鉄槌を下すべく包丁を振り上げ、女に詰め寄ったその瞬間――ぱちんと何かが弾けた。それから大量の生温い湯が腿を伝って私の足元をしとどに濡らした。
女は短く叫び声をあげ、体勢を傾けながら私の異変を見てとった。
それから何か喚きながら尋常ならざるスピードで自宅に入って行った。
待ちなさい。今すぐとどめを刺してあげるから。
右手の包丁を握り直し、すぐさま女の後を追いかけようと大きく身体を反転したところ、下腹部に電流が流れるような激痛が走った。
くそ、こんな時に……。
痛みに耐えかねて私はその場にうずくまった。家の窓越しに、こちらを伺う女の様子が見てとれた。
間もなく遠くからサイレンの音が聞こえてきた。狭い路地を通って救急車が私の間近に停止すると、中から二人の救急隊員が担架を担いでやってきた。
頭上で鳴り響くサイレンの音はまるで語り掛けるように、私の心に甘く響いた。
「ゆっくり休んでいいんだよ」
私の頑なな想いが一度に溶けだした気がした。
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