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「貴方の死亡動機は何ですか?」
何度この言葉を吐いただろうか。私は幾度に及ぶ経験のすえ、無表情で淡白に尋ねられるまでになっていた。
私に問い掛けられた男は口を閉じたまま、パイプ椅子に脱け殻の様に座っている。
何度も何度も、見飽きるくらいに見てきた顔だ。今までに此処を訪れた者たちと相違ない。
目に覇気は無く、辛気くさくて堪らない。今はもう慣れたが、最初のうちは、同じ空間に居るのも億劫だった。
絶望した人間の顔とはこういうものなのだろう。何ら希望を見出だせていない顔は、最早悲惨である。
壁も床も真っ白で面白みのない殺風景な部屋で、私と自殺志願者は向かい合っている。
窓もない。インテリアもない。あるのは男の座るパイプ椅子と、私の座る比較的豪華なパイプ椅子だけだ。
極力静かな部屋使いに決められているのはわかるが、長い時間ここにいる私にとっては退屈である。
まあここに訪れる者にとっては良いのかもしれないが。
2100年、画期的な法律が公布された。一般に、自殺支援法と呼ばれるものである。
その内容は、自殺を望む者を安らかに苦しまず死なせてあげるという、大変親切なものである。
法律の発布の10年前である90年代、自殺は社会問題と化していたという。2000年代にも自殺はあったというが、その数は比較にもならない。
ストレス社会、不景気、環境問題、重い税、十分でない福祉、問題は絶えなかった。
そんな世の中だ。いっそのこと死んだ方が楽だという人間が多くいた。
自殺の処理に多額の税金がかかるのをご存知だろうか。
電車に飛び込みでもすれば、見た者には精神的ショックを、遺族には莫大な賠償金が残る。
本人からすればは別として、良いこと等皆無なのだ。
限りある税金だ。爆発的に増える自殺者にばかり使っていられない。それならば、国が初めから死に場所を、死を提供する方が遥かに低コストで済むのだ。
そんな理由で作られたのがこの法律である。
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