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深い夜が湿った走路を黒く浮かび上がらせた。
朝2時
育斗はかれこれ何カ月ぶりかで一番に攻め馬へやってきた。
「いいわけばかりしていてはおやじと一緒だ」
そう思ったのは誰かに言われたからではない。
自分でそう思ったのだ。
改めて一から出直すつもりでいる。
しかし、台場競馬の朝は海風が厳しい。
こんな育斗の決意を簡単に吹き飛ばしてしまうくらいの強さがある。
「白沢!わりいけど海澤さんとこ終わったらこっちもつけてくんねぇか?
坂戸が熱だってゆうからこれねぇんだとよ。」
朝が早いとこんないいことがあるもんだと高揚したが、頼まれたのが3歳の50万下の馬である事がわかるとすぐさま落胆した。
年末に迫った12月の時期になってまで最下級クラスにいるなんていうのは、
どうしようも無い証拠だった。
朝焼けの空が見える頃には7頭の調教が終わり育斗の体はびっしょりと汗をふくんだ。
冷たい風が通りにけるたびにその汗が冷水へと変わり体の芯を冷やす。
「早く一流の乗り役になってやる。」
そう強く思えば思うほど、そのゴールが果てしなく遠くなるような不思議な感覚に包まれながらも、育斗は今、目の前の馬を乗り続けるのだった。
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