3人が本棚に入れています
本棚に追加
「まだだ!」
まさるが、坂道を信じられないスピードで登ってきたのだ。伊達に立ち漕ぎばかりしているのではない。その脚力と持久力を舐めていた。
「負けてたまるか! 王者の座は誰にも譲らん!」
俺にも意地がある。掴みかけた勝利を手放すわけにはいかない。そんなこと死んでも嫌だ。
「うぉぉぉお!」
既に全身は悲鳴を上げているが、そんなことはお構い無しに酷使する。流れ出る汗も無視し、最後の道をひたすら前へと漕いだ。
まさるも負けじとやってくる。最早獣じみたレベルで迫ってくる。
あと数メートル……
結果は……
アパートの敷地内に先に入ったのは俺だった。
僅差の勝利である。
「はぁ……はぁ……はぁ……よっしゃぁあああ!」
歓喜し、俺は絶叫した。この瞬間のために俺は自転車を漕いで来た。雨の日も風の日も、No.1の称号を得るために費やしてきた。
それが今ついに手の中に……。堪らない……。これが王者の愉悦か……。頑張ってきた甲斐がある。
あの時、駐輪場に置かれた自転車を見つけていなければ、こんな興奮を味わうことはできなかったに違いない。
至高だ……。
「負けた……。だが今回は!だ。次は覚えてろ」
悔しそうに言うまさると握手を交わし、俺は自分の部屋に向かった。
家に入ってまず手洗いうがいを済ませ、タオルで汗を拭く。リモコンでテレビをつけ、再放送のドラマをかける。
このドラマ懐かしいな。けっこう好きだったんだよな。
柔らかいソファーに腰を沈め、テレビを見ているとふと思うことがある。
何だこれ……と。
どこかの誰かが言った。
青春とは馬鹿馬鹿しいものだ、と。
最初のコメントを投稿しよう!