あの少年でもないけれど

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「前の子の代わりにうちのハウスキーパーにするんでしょう? なら、なおさらサエを主人にする必要はないじゃない。主人の登録は後で変えられるんだから。」 お母さんは私の顔を覗き込みながら、心配そうな顔をしていました。 私はなんだか居心地が悪くて、思わず身を固くします。 まだ人間の事情に疎い私には、お母さんがなぜそんな顔をするのかがわからなかったのです。 緊張して小さくなっている私の心を救ったのは、私よりもさらに小さなヒーローでした。 「いや! あたしのなの!」 サエさんの甲高く力強い声が、私の胸で冷たく固まっていた何かを粉々に砕いてしまったのです。 私はただただ、小さな背中の頼もしさに驚いていました。 「そう、サエのだ。」 その背中がヒョイと、お父さんのまぁるい声ととも抱き上げられます。 「前々から思ってたんだ。もし僕達が子どものころに『アトム世代』が居たら、僕はどう思ってただろうって。僕が子どもだったら、絶対『アトム世代』と友達になりたかった。だったら僕の子どもだって同じように考えるだろうって思ったのさ。どう? 当たってる?」 サエさんは満面の笑みで首を縦に振り、お父さんも満足げに微笑みました。 「ホワイトデーは愛に応える日なんだ。僕は愛に愛で応えただけさ。サエ! バレンタインデーにチョコレートありがとう! パパ感激しちゃった!」 サエさんがお父さんにスリスリされ、ちょっと嫌そうな顔をすると、お母さんはそんな2人を見てクスクス笑い、私にもすこしだけ笑いかけて下さいました。 「さぁ、新しい家族に名前をつけてあげなさい。」 お父さんの言葉に、サエさんは勢い良く頷き、 「名前はトモ! 友達のトモだよ! トモ、よろしくね!」 はつらつと声を弾ませ、光溢れんばかりの笑顔を湛え、お人形のように小さくかわいらしい手を差し出して下さいました。 「……はい。」 私は震える声で応え、そっと、手をとりました。 その手がいったいどれだけやわらかく、どれだけあたたかかったことか……。 私のような物にはとても喩えようがないのです。 このときの感動はキャッシュメモリに記録して、バックアップもしっかり取ってあります。 つまり、いつでもどこでも昨日のことのように鮮明に思い出せ、けして忘れることが出来ないのです。 この美しい瞬間から、私はサエさんの物になったのでした。
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