あの少年でもないけれど

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それからというもの、 「トモ! 遊びに行こう!」 「え!? でも、まだお庭のお掃除が……。」 「トモの主人はあたしでしょ! ほらっ! 行くよ!」 サエさんと私は、ともに笑い、ともに泣き、一緒にお母さんから怒られ、ときにはケンカをします。 目も眩むほど、毎日が色鮮やかでした。 やがて、サエさんは6歳になり、義務教育期間に入りました。 このころには私もサエさんの誘惑に勝てるまでに成長し、彼女の世話をすっかり預けて頂けるようになっていました。 朝食を終えたサエさんを勉強へ向かわせるのも、私の仕事です。 「お勉強の時間ですよ。」 毎朝、私のこの台詞から鬼ごっこが始まります。 「やだー!!」 逃げるサエさんを捕まえ、帯状の端子(コンピューターと人間の脳を接続するもの)を彼女のおでこへバンダナのように巻きつけることができれば、私の勝ちです。 サエさんと私は家中に笑い声をばらまきながら、仲良く追いかけっこを楽しみます。 「捕まえました!」 「え~、もう?」 「はい。続きはまた明日です。」 ツンと口を尖らせるサエさんを、部屋の窓際に置かれた勉強用ソファーへ座らせ、リモコンでソファーに電源を入れます。 すると、サエさんの額に巻かれた端子が微かに光を放ち、それを確認した私はソファーの肘掛けにもたれかかり、いつものようにため息を吐くのです。 どうして人間の脳は、私のような物達と違うのでしょう。 人間の脳は私のような物達と違い、電子データを一気にインストールすると、パニックを起こしてしまうそうなのです。 そのため、義務教育期間中の子供は、こうして午前中いっぱい時間をかけてこの勉強をし、午後には学校へ行って、スポーツや芸術を実際に体感して学ばなければなりません。 私だって、本当はもっとサエさんと遊びたいのに……。 朝日を含んだ薄いレースのカーテンがふんわりと翻り、風がサエさんの黒髪をさらさらと揺らして行きます。 彼女の長い睫はカーテンからこぼれ落ちる光をすくいとって、つやつやとみずみずしい輝きを称えていました。 左目の下には、しおらしく2つのホクロが並んでいます。 ピンクの唇からは小さく吐息が漏れ、彼女の安らかな吐息と、私の胸で唸っている遠い蝉時雨のようなモーター音が、静かな部屋に鳴り響いていました。 1秒1秒、痛々しいほどに募っていく愛おしさを、私はどうすればよかったのでしょう。
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