あの少年でもないけれど

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話は変わりますが、世界的にも、ここ100年間のデータ上でも、人間の死因第1位はぶっちぎりで『自殺』だそうです。 大抵の遺書には、自分が何かに挫折したという旨、そして、「何のために生きているのかわからない」という言葉が添えられているそうです。 旦那様の遺書にも例外なく、「お前の楽曲は※※(当時流行していたアーティスト名)の二番煎じだ」と言われたこと。 そして、「何のために生きているのかわからない」と書き添えられていたそうです。 私のような物には関係ないことですが……。 旦那様が亡くなって、サエさんと私、2人きりの生活が始まりました。 サエさんの両親や子ども達は、一緒に住もうと何度も説得に来ますが、彼女は夫との思い出のあるこの家を離れられないと言って、一向に首を縦に振ろうとしませんでした。 そんなある日、私宛てに荷物が届きました。 中身は私のパーツなようでしたが、私はそんなものを頼んだ覚えがありません。 「あ、来てたんだ。あたしが注文したトモの新しいパーツ。」 私はどこも故障はしていませんし、取り替えなければならないほど古いパーツもありません。 「どうして……?」 「いいから。夕飯が終わったら新しいパーツ着けて、寝室で待ってて。」 サエさんにそう言われ、夕食の後片付けが終わったあと、私は首を傾げながら荷をほどき、驚きました。 腕、脚、そして、顔……。 そのパーツは、若かりしころの旦那様と瓜二つでした。 困惑しながらもパーツを着け、服を着ようとクローゼットへ手を伸ばすと、 「……あなた……。」 背後から、ふわっ、と、ジャスミンの香りが私を包み込みました。 「あの……私は……。」 混乱する私を、サエさんの細い腕がするりと捕まえます。 「あなたがいなくなってから、何も描けないの……。まっしろなの……キャンバスも……私も……何もかも……。」 「……。」 私は、サエさんが私に何を求めているのか、ようやく察しました。 サエさんの銀の混ざった黒髪を、こめかみから項にかけて梳くように撫で、その手で彼女の頭をそっと引き寄せ、口づけをしました。 事を終えた後、私とサエさんは互いに背を向け、ベッドへ横たわっていました。 先ほどまでの濃密な熱は嘘のように冷えきり、重たい夜が私達2人にのしかかります。 月明かりに照らされた私の手は、かつて私を殴り飛ばした手と、まったく同じ形をしていました。
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