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「お待ち遠様!ごゆっくり」
「沙織、奥を手伝ってくれ」
「はーい」
店内で一人の女の子が忙しそうに働いている。性格は明るく、自他共に認める看板娘だ。
今日は清々しい青空が広がっていた。こういうのを洗濯日よりと言うんだろう。
「沙織、店は父さんに任せていいから洗濯してきてくれ」
「分かったわ!!」
元気よく返事をし、裏にある山盛りの洗濯物をひょいと持ち上げる。
「いってきます」
この団子屋の近くには川がある。いつもそこで洗濯をしている。
今日も沙織は川へ行った。
三月の川の水は冷たく、手が痛い。
沙織は手慣れた様子で次々に洗濯していく。
一枚、二枚、三枚、四枚……。
「よし、これで全部、かな!!」
よいしょと持ち上げた時だった。視界の端に長い何かが映った。
「あ…!帯!!」
帯は流され、先を泳いでいる。
洗濯物をその場に置き、帯の元へ走る。
なんとか追いつき、走りながら身をかがめ、帯に手を伸ばした。
「の、逃してなるものかーーっ!!」
帯に手が届き、引っ張り上げる。
水を吸った帯は重たく、反動で体がよろけた。
「……っ!?」
いやだ、落ちる……!!このままではびしょ濡れだ!
何かに掴まろうと手を伸ばした。
それとほぼ同時に沙織の手首が強く引かれた。
その勢いで何かに鼻をぶつけた。
「いったぁ…!」
「…すまない」
……は?
何かが聞こえた気がする。
それと、さっきから視界が暗いのだけれど…。急に日が陰った…、という訳でなく…。
自身の目の前にある先ほど鼻をぶつけた壁が人であることを理解するのにいささか時間を要した。
「……えっと…ありがと、う?」
その人は頭一つ分沙織より高く、綺麗な顔立ちをしている青年だった。腰に刀を差していない所からして武士ではないようだ。
「怪我は、ないか?」
「え、ええ。あ!それより帯!!」
自身の右手に掴まれているものを目で辿っていく。
「あ、ああ!!」
先端は見事に泥にまみれていた。
「あ、洗い直し……」
シュンと小さくなる沙織を男は珍しいものでも見たような顔で見ていた。
「な、なんですか…っ?」
それに気がついた沙織は少し不機嫌そうに言った。
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