過ぎた愛情

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ドアの向こうから現れたのは、頭に包帯を巻いた、髪の長い女だった。俯いたその顔から表情を読み取ることは出来ず、また知り合いかどうかもわからない。しかしこの女程髪の長い人に心当たりはない。敏也の心には、『君島聡子』の名が浮かんだ。 女はブツブツと何かをつぶやきながらゆっくりと近付いてきた。その右手には、包丁。それを見ると同時に、後ろから床に何かが落ちるような音がした。 音のした方を見ると、葉子が床に座り込んで震えていた。 そうだ。この女が君島聡子なら、危ないのは葉子だ! 敏也は女の方を向き直り、震える体を押さえて女と葉子の間に立ち塞がった。 「なんなんだよ、お前はぁっ!」 敏也は女に声を張り上げた。しかし女は怯むこともなく敏也に向かって顔を上げ、ただ口が裂けるほど大きくニヤリと笑った。その右目は包帯で覆われていた。 「話し掛けてくれた。話し掛けてくれたっ。話し掛けてくれたぁっ!敏也が!私に!初めて!」 女は嬉しそうにケタケタと笑った。危険を感じて葉子に歩み寄ると、女の顔が豹変した。 「まだその女から解放されてないんだね。可哀相。可哀相。可哀相。可哀相……」 女は延々とつぶやきながらゆっくりと近付いてきた。その一歩一歩が敏也の心の恐怖を増幅させた。葉子は状況を飲み込めず、突然現れた不審な女にただ震えた。 敏也と女の距離は後3m程。もう少しで包丁が届く距離だ。その時、女は立ち止まり、ニヤリと笑った。 「でも、安心して。私がすぐにその女を処分してあげるから」
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