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女は薄く笑いながら包丁を振り上げた。敏也は女がどんな行動をしても反応できるように身構えた。しかし衝撃は後ろからやってきた。
予想外の事態に困惑し、受け身も取れずに床に倒れると、目の前を横切るものがあった。敏也の目が必死で逃げようとする葉子を捉えたのと、女が不気味な笑みを浮かべたのは、ほぼ同時のことだった。
「ほら、だから言ったでしょ?」
女は嬉しそうにそう言うと、葉子の手を掴んだ。泣きそうになりながら抵抗する葉子の足に包丁を突き立てた。本当に嬉しそうに笑いながら。
痛みに呻く葉子を、敏也は呆然と見つめた。助けなければ、という思いはあった。しかし体は何故かそれに応えなかった。
「汚い!」
女は葉子に馬乗りになり、葉子の腹を刺し、そしてまた引き抜いて振り上げた。
「醜い!」
今度は胸に振り下ろした。すでに抵抗する力も残されていないのか、葉子はなされるがままだ。
その後も女は罵声と共に葉子の体を刺し続けた。最初の内は呻き、もがいていた葉子も、次第に動かなくなっていった。それでも女は包丁を突き立てた。何度も、何度も。
大切な恋人の死。敏也はそれに悲しみを感じてはいない。裏切りに、恐怖に、絶望に、敏也の心はすでに壊れてしまっていた。
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