過ぎた愛情

8/8
前へ
/65ページ
次へ
回想を終え、敏也は息をついた。何かを考え続けるということは、意外に疲れるものだ。 次に敏也は恋人のことを考えた。自分を愛してくれた恋人。今はもういない恋人。考えると、いつも涙を流してしまう。 敏也はしばらく泣いた後、自分の部屋をゆっくりと見回した。狭く、簡素な部屋だ。恋人との思い出が詰まっているあの部屋とは大違いだ。とくに、あの鉄柵なんて。 例の事件の直後、悲鳴を聞き付けた住民の通報によって警察官が駆け付けた。事件現場にいたことや、凶器の包丁に指紋がついていたことから、敏也はすぐに逮捕。女性二人を殺害したとして有罪となった。そして今、その刑期中だ。 これまで敏也は毎日恋人のことを考えて過ごしてきた。そしてそれはこれからも続くだろう。考えが一段落つくと、敏也は最愛の恋人の名をつぶやいた。 「……ああ、聡子、愛してるよ。君だけを」 狂気に満ちた笑みを浮かべて、今もどこかから見ているであろう恋人に愛を告げた。自分の命すら差し出す程自分を愛した女性が、自分の恋人を殺した女性が、本当に愛おしかった。敏也の心は、正常な感覚は、壊れてしまったのだから。 敏也は恋人のことを考えて、考えて、考えて、そして眠りにつく。あの素晴らしい日を夢に見ることを楽しみに、一筋の涙を流し、眠りにつく。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加