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俺は持ち前の鋭い勘で状況を察した。遅刻間際、食パン、曲がり角、ごっつんこ、柔らかい感触。これは──!?
そして今俺は不良に囲まれている。直ぐそこの横断歩道を渡った先には、目的地の校門があるというのに。
信号が青に変わったけど、逃げられないように三方を囲まれてるから赤信号も同然だ。
私は声を大にしてこう言いたい。
「奇跡よ、何故ベストを尽くさなかったっっっ!!」
言った。
「うるせぇ!!」
殴られた。俺を殴ったこの恰幅のふくよかな男が不本意にもさっきぶつかって冗談にならない距離を転げ吹っ飛んだ人物だ。
「殴ったね!? 親父にも殴られたことないのに!!」
「だからうるせぇんだよ!」
「いたっ、二度もぶったね!? あうっ、すいません、もうふざけません」
四回くらい殴られたらもう謝るしかない。それ以外ない。痛いよぅ。誰か助けてよぅ。怖いよぅ。
俺の反応は正常で無難だと思う。ここで歯向かって刺激したら、もっと酷い目にあうもん。だからギャグを小出しにしつつ相手の怒りをうやむやに……胸ぐらを捕まれました。Why!?
「バカにしてんのか? おぉん!? こっちはな、てめぇに車道へ吹っ飛ばされたせいで車に轢かれてんだよ」
何故車に轢かれてぴんぴんしてるんだ。危うくツッコミが口を突いて出そうになるが、耐えた。
「ボソッ。そのまま連れの人もろとも病院にいけば良かったのに」
代わりに別の言葉が出てきた。でもボソッと喋ったから聞こえなかったに違いない。
「おぉん!? やっぱりてめぇ、人をバカにしてんだろ!? それとも何か? てめぇは予めボソッて言っとけば聞こえなくなると本気で思ってんのか!?」
「これだから空気が読めないゆとりは……うげっ」
背中に鈍い衝撃が走る。背後の不良に蹴られたんだろうか。そしてまた奇跡が起こる。
「「ちゅ」」
唇に温もりと微かな湿り気を感じる。嫌な予感がした。本能が命じるまま急いで飛び退いてブレザーの裾で唇をゴシゴシと拭う。
待て、こういう時は現実を見ちゃ駄目だ。まず手のひらに素数を書いて野菜だと思うんだ!!
「わっわっ! 男の子同士のキスなんて初めて見たよ……」
この場に似つかわしくないソプラノボイスが、俺を現実という名の刃で切り裂いた。今日味わった如何なるダメージを優る一撃だった。
ふぁーすときすが。
ふぁーすときすだよね?
たぶん。
あいてはだれ?
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