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九階建ての大病院を、屋上から一階まで一気に階段で駆け降りる。
殆どの人間はエレベーターを使うとはいえ、時たま通る他人に注意を払いながらは骨が折れた。
「……おせぇよ」
軽く息を切らした燕を待ち合いで迎えたのは、非常に不機嫌そうな友人の辛辣な視線であった。長椅子に深く腰を据えており、燕よりも小柄な身体が妙に威圧的だ。口にする文句も非常に重々しい。
そして何より、その両眼。大きな金色の瞳とすっと通った眉をこれ以上ないくらいに歪め、眉の間に深く皺を刻んでいる。
この友人以上に、三白眼、という言葉が似合う目付きを、燕はこれまでの生涯で知らなかった。
もとから柄があまり良くないのだ、友人がこんな形相をすることは日常茶飯事である。が、今回は全面的に、どこからどう見たって自分が悪い。
思わず視線を逸らして苦笑いし、謝罪の言葉を口にする。
「あー…………ごめん。本当に」
「何してた?」
「……っ、と。その」
「ちゃっちゃと言え、簡潔に」
余りに単純で潔い追及の言葉。言い訳も考えていない。数瞬の葛藤の後、燕は唇を開いた。
「……寝てた」
その瞬間、燕は見た。
その右手が迅雷のような速度で、椅子の脇に立て掛けた黒い、長い布製の筒に伸びるのを。
まずい。そう考えた瞬間には、既に、本能的に全身に鳥肌が走っていた。
その後二人が受付から玄関付近で暴れ、病院から追い出されるまでに、さほど時間はかからなかったことは想像にかたくない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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