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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼女はただ、ひたすらに駆けた。
“人”一人いない希薄な世界を、何者かから逃げるように。
人間の次元を遥かに超えた速度で駆ける少女の脇を、人間の形をした幻影と景色が、物凄い速度で後方へと流れていく。
その勢いのまま、狭い路地へと入り込んだ。
(く、そ……ッ……!)
足がもつれ、内心で毒づく。異常な速度とはいえ、走る速度も格段に落ちていた。「力」が尽きかけているのがわかった。
己の血が溢れる脇腹の深い傷を服の上から片手で抑え、死に物狂いで路地を進む。
膝を地につきそうになり、踏み止まる。大きく息を吐けば、背負った自分の長大な得物に指先を触れさせた。
擦れた声が微かに漏れる。
「まだ……何も、始まってないんだ………まだ……ッ……」
──死ぬわけには、いかない。
そう強く、悲壮なまでに深い意志を込め呟いて──彼女は一層のこと拳を強く握り締め、震える足を踏み込んだ。
路地の出口が見えた。その先、道路を挟んだ向こう側に、生い茂る木々が見える。
(ここしか無い、か……っ)
ためらいを押し殺せば、そのまま彼女は、鬱蒼とした深い森へと駆け込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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