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西の空に沈み行く太陽が、やけに白い、深みの無い空を赤く染めている。
そこは奇妙に色褪せた、稀薄な世界だった。
人で賑わう街並みには、見るからに多くの人間がいた。
春先、目に見えて日が長くなり始めたこの時期──そして、この夕暮れの時間帯。
駅周辺は、家路を辿る人々に溢れている。
ただ、何かが──いや、全てが、奇妙だった。
その風景における全ての動く存在の足並みは、明らかに遅すぎた。まるでスローモーションのような世界。
また人声や足音、その他の喧騒も、どこか遠くから響いてくるかのように“距離”を感じる。
そして──目を凝らせば、後ろが透けて見えるのではないか。手を伸ばせば、擦り抜けてしまうのではないか。
そう思わせるほどに、ゆっくりと道を行く人々には、ことごとく存在感が無かった。
まるで全ては幻であり、本当は自分は、生命の欠片もない荒野に一人立ち尽くしているかのような、薄寒い、空虚な感覚。
「彼」はそれを強く感じていた。
……もっとも、そう「作った」のは「彼」自身だったが。
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