第一章 暮色

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「裕紀ちゃんは、どうしてその――バイ・セクシャルだと気づいたの?」 カズミさんは恥じらいながら尋ねる。 「私は――なんだろ、女子校だったから周りが女子だらけで、自然に」 「そっかぁ」 「カズミさんは?」 カズミさんが笑う。 「私? 私は、そうだね。 茶道部の後輩がレズだとかいう噂を聞いて、なんとなく意識しちゃい始めたのがきっかけかもなぁ。 かわいい、バンビみたいな子だったの」 彼女はそう言うと、さりげなく付け加えた。 「裕紀ちゃん、彼女に似てる」 「ほんとですかぁ」 私は即座に照れた風を装ったが、本当は虫酸が走っていた。 「裕紀ちゃん、本当にかわいいよね。 それに、空のホームページっていうのもピュアって感じ。 今日の空の写真、私すごく気に入ったし」 「実はあれ、葉山の窓から撮影したんですよ」 「うそぉ」 語尾を伸ばしがちなカズミさんの口調にそろそろ苛々してきた。 「裕紀ちゃんの同級生にも、レズの子とかいるの?」 「いえ。 もしかしたら、みんなそういうのは隠してるのかもしれないし」 「そうだよねぇ」 彼女は無意味に笑った。 「裕紀ちゃんはカミングアウトしてる?」 「してませんよ。 そんなことしたら、友達なくしそうで」 「まあ、ふつうそうだね。 じゃあほんとの自分はネットだけにさらけだしてるんだ」 「そういうことになりますね」 私は、ふと急いで携帯電話を見るふりをした。メール着信があったように振る舞う。 「どうしよう」 「どうしたの?」 カズミさんは全くもって疑っている様子がない。 「ごめんなさい、親が今日は早く帰ってくれって」 「え、どうしたの?」 「小学校の学童保育で弟が熱だしたらしいんです。 私が迎えにいかないと」 「大変じゃない! それじゃあ急がなきゃ」 優しいカズミさん。 愚かなカズミさん。 私は悪いけど、そういう人間がだいっきらいだ。
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