第一章 暮色

3/18
前へ
/82ページ
次へ
私はスクールバッグの中身を整理し始めた。 誰かと会う日は必ず、荷物を軽くしてゆく。 ペンケース、ポーチ、携帯電話、財布、定期。 LLサイズのカーディガンを入れた紙袋。 ポケットにはハンドタオルとティッシュ。 身軽になると、心も軽くなる。 学校を出てから少し歩いたところに位置する駅ビル。 ここ経由に新しい路線が開通してから、駅が一気に華やいだ。 近未来的な、モダンな外装。 「クラウドスクレイパービル」という長い名もついた(大して高くはないのだが)。 そこの化粧室で身支度をしてゆく。 まず学校指定の紺のセーターを脱ぎ、紙袋に入っていたキャメル色のカーディガンを重ねる。 髪をとかして眉を描き、香水をスカートの裾にほんの少しつける。 肌をフェイスパウダーで調え、薄くクリームチークをのせる。 唇には色つきのリップを塗る。 決して私は、派手なタイプではない。 本当は華美なものは嫌いだし、化粧も最低限で十分だと思っている。 髪は襟足だけ伸ばした潔いショートカットだし、ピアスだって開けていない。 けれど最初に会った女性の一言で、私は化粧に一手間加えることにしたのだった。 「裕紀は目元がきれいだから、もっとそこに主張をもたせたら?」 切れ長の目は、私を中性的に見せる最大の要因だった。 私はそんな目元が気に入ってもいたし、「私が隠しても隠しきれない本質の片鱗」だと気に病んでもいた。 けれど、その杞憂は彼女によって解消されたのだ。 彼女は私の目元を「きれい」だと言ってくれたのだから。 だから私は、目尻まできつくアイラインをひき、マスカラも強めにしている。 準備を終えた私は、いつもの待ち合わせ場所へと向かった。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

88人が本棚に入れています
本棚に追加