第一章 暮色

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しかし、必ずしもプラトニックな関係のまま終わらせてくれる人ばかりでもなかった。 二度ほど、肉体関係を要求されたことがあったのだ。 一度目は三十代の長谷部さんというさばさばした女性で(確かスポーツクラブのインストラクターとかいう話だった)、彼女は自分の車で海へ連れて行ってくれた。 夜の海は、けれど都会の海だから若干味気なかった。 しかし、幻想的ではあった。 黒々としたつやのある水面、白い波間、磯くさい濃密な潮風。 ローファーと靴下を脱いで、濡れた波打際を歩いていた私を、彼女は突然抱き寄せた。 私は言葉を失った。 見るからに健康的できまじめな感じの長谷部さんからそんなことをされるとは微塵も予想していなかったのだ。 私は心を許しすぎていた。 彼女はキスをした。酸欠になるかと思うほどの、熱い執拗な口づけだった。
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