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「やだっ」
私は力の限り長谷部さんから逃れようとしたが、その強靭な腕ではびくともしなかった。
「本当はあなただって期待してたくせに」
耳元で低くつぶやかれ、私は寒気を感じる。
そこで私は、ある女を思い浮かべた。
彼女の、笑ったときに整然と並ぶ大粒のまっしろな歯。
眉山のはっきりしない、ゆるやかな眉。
私は彼女の頬を思い切り叩くと、不意打ちに油断した長谷部さんの腕を振りほどき、無造作に投げ捨てられた革靴とスクールバッグを掴み、靴下は鞄に押し込み、裸足で逃げ出した。
怯えなのか後悔なのか、涙が止まらなかった。
長谷部さんが追ってきていないのを確かめると、私は裸足のまま靴をはいた。
道行く人に最寄駅を教えてもらい、駅までやっとのことで辿り着くと、いくつか電車を乗り継いで帰宅した。
素足に革靴をはいている私を、電車の乗客は遠慮なく見てきた。
あまりに惨めで哀しくて、泣けた。
しかしそれでも懲りずに女性と会いつづけたのは意地もあったし、この記憶を払拭したかったからでもある。
だが皮肉なことに、二度目は時期をあけずにやってきた。
名門女子大に通う金沢さんと会ったとき、私は彼女の美しさになにもかも見失ってしまったのだ。今でもよく覚えている、あの金沢リサという美少女。韓国人と日本人のハーフで、きつめの化粧と豊かな黒髪が印象的だった。
目鼻立ちがはっきりし、デニムのショートパンツからのびた脚も美しかった。
ちょうど八月の始まった頃だったので、彼女はキャミソールを着ていた。
露出の多い服装は私を少なからず惑わせた。
彼女がサンダルを気にして屈むたび、私は目を逸らさなければならなかったのだ。
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