第一章 暮色

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「今夜は泊まっていくんでしょ?」 金沢リサの言葉に、私は緊張しながら頷いた。 「親御さんとかは大丈夫なの? 連絡しておいた方がいいんじゃない?」 私は静かに、首を横に振った。 父は単身赴任で福岡にいるので家には母しかおらず、母も火曜日は必ず夜勤のため私は早朝に帰れば問題はなかった。 私は女性と会うのは決まって火曜日にしていたのだ。 金沢リサのアパートの風呂は狭くて古くて、さびれていた。あまりきれいとは言いがたかった。 彼女は毎日こんな風呂を使っているのかと思うと、華やかな金沢リサの意外な一面を見た気がした。 彼女いわく、 「大学生の一人暮らしじゃ、お風呂があれば十分」 らしかったけれど、実際使うと強がりにしか聞こえない。 着替えは彼女の服を借りた。その服は何故だかいい匂いがした。 金沢リサも風呂から出て来ると、二人で並んでテレビを見た。 いつもは自宅の液晶テレビで見るドラマを、他人の家の古いブラウン管で見るのは不思議だった。 「ここ、クーラーはあるけど暖房とかヒーターはないんだ。 夏でよかったね」 そんな無邪気なことを言って、私を笑顔にさせた。
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