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本気でその遊びに飽きただけではあるのだけど、少しはった布石が貴弘くんを放置という形にした。
そう。私が貴弘くんに興味あるという、恋愛したいと思っているという、勘違いを、私は既に貴弘くんに与えている。
茜といるときに貴弘くんに声をかけられ、彼女である茜よりも私を気にかける。
演技をかましてもいいのだけれど、飽きた私は猫をかぶるだけ。
かわいい後輩という猫を。
「茜の彼氏なんですから、私のことは気にしないでください。貴弘先輩、優しいですね。茜がうらやましい」
茜の脇をつついて冷やかして。
まったくもって貴弘くんが好きで悩んでる様子も見せていないのに、布石はこんなところに効いてしまっていた。
「ユリっ、あんまりひやかさないでっ」
「ごめんね。私、お邪魔だから先に帰るね」
私は笑顔で茜に言って、貴弘くんには笑顔で会釈をして、足早に去ろうとした。
「ごめんっ」
なんて、勘違い男が謝る。
いや、その勘違いは私が与えたものなのだけど。
面倒だから聞こえないふりをして逃げたら、翌日、貴弘くんに声をかけられた。
興味はなくても、男の前では猫をかぶるのが私だ。
モテたいとは思う。
かわいいと思われたい。
ちやほやされたい。
「あの、上坂さん…、いろいろごめん」
貴弘くんは私に頭を下げる。
さて、どう猫をかぶろうか。
下手をするとつきあうことになる。
それはもういい。
常に猫をかぶり続けるのは面倒だ。
何股ってくらいにつきあってみてもおもしろいかなとは思うけど。
……つきあってもいいか。
どうせ貴弘くんもすぐに私に飽きるだろう。
「気にしないでください。…貴弘先輩は茜の彼氏なんですから。私が悪いんです。…あの、それでも…、これからも貴弘先輩とお話したいです」
私は貴弘くんを見上げて、その目を見つめる。
私にそれほどの美貌はない。
それでも…男は悩み、真面目に考えてくれる単純でかわいい生き物だ。
「…上坂さんは…、オレのこと好きなの?」
ほら、きた。
私は俯いて、強く頷いてみせる。
受け取れませんって、ここで貴弘くんが言うと思う?
言っても、私が引き留める。
言ってくれたほうがいいお遊びになる。
貴弘くんとの始まりは、そんな感じ。
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