幼女と研究員

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 コーヒーは飲めないので研究室の外にある自販機に向かった。「私」が私に百円玉を一枚預け、ジュースを買ってくるように言ったのだ。  いま私は研究室棟の五階にいる。目的の自販機は一階である。当然のごとく私はエレベーターを使った。階段で五階は辛いはずだ。  一階まで降りる途中にエレベーターが三階に止まった。そこで乗り込んできたのは私の担当するゼミの生徒である藤田だった。藤田は私を見つけるなり声をかけてきた。 「ねえねえ、君、一人なの? パパとママはどうしたのかな?」  藤田は私が一人でいるのを心配しているらしい。普段、藤田からは軟派で軽い印象を受けていたが、実は子供好きで面倒見がいい青年のようだ。  その好意を無下にするわけにもいかないので私は子供の振りをして、「私」の娘であると嘘をついた(私の実験の成果をまだ公にしたくないというのもある)のだが、藤田は首をかしげた。 「石井先生の娘さんかあ…… あれ、でも先生って独身だった気がするな」  そうだった。私はもう三十になろうというのに結婚には縁遠い男だった。それを思い出したので私は慌てて訂正した。
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