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燻った煙の舞い上がる瓦礫から、黒い手が生えてきた。それは右へ左へと何かを探るような動きを見せた後、砕けた煉瓦を引っ掴み、埋もれた身体を引き寄せる。
――生きてる。
建物の亡骸より抜け出したクルスが、まず最初に感じ取ったのはそれだった。
しかし、暴力的なまでの明るさに慣れたクルスが見たものは、変わり果てたセントアンジェロの姿だった。
建物という建物は全て破壊され、かろうじて原形を留めたものは、もはや中心の大聖堂くらいしか存在していなかった。
滑り落ちるように瓦礫から降りたクルスの網膜に、黒天使のもたらした爪痕が次々と映されていく。
燻る煙、焼けた人体、横たわる無数の死体、誰かの身体の一部……。
――護れなかった。黒天使の数に押され、何も出来ずに全てを失ってしまった。
かつて繁華であった焼け跡の街道を、擦り切れたコート姿の影がふらふらと進む。そして、途中で力無くひざまずいた。雨は降っていないのに、地面に滴が落ちていく。
一人のクルセイダーの慟哭が、かつてのセントアンジェロに響き渡った。
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