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異形の姿を完全に視認し、少女はそのまま尻餅をついた。
全身が『それ』に警鐘を放っている。
赤黒い巨躯。
化物の体毛はなく、その体は皮膚を剥がれた人間の筋肉にも見える。
更にその至る箇所から粘液に塗れた巨大な骨が露出し、野太い鎖がその体躯を覆っている。
紛うこと無き異形。
情けなく悲鳴を上げることしかできない。
脳から伝達される危険信号だけが彼女の中で肥大していく。
立って、逃げなきゃ。
少女の思考とは裏腹に、身体は微動だにしない。
恐怖が、怯え疎みが、彼女をそうさせない。
醜い怪物は少女の抵抗が終わったのを確信したのか、先程までの勢いはない。
凄まじい異臭と瘴気を放ちながら、その巨躯を引き摺り徐々に徐々に少女に迫った。
身体は麻痺したように恐怖で動かず、涙だけがとめどなく溢れた。
その雫を舐めるかのように一つの異形の顔面が彼女の顔のすぐ前に寄せられた。
そして口を大きく開く。
顔が口から二つに割れるようにヒシヒシと関節の音を軋ませ、大きく大きく。
深淵と錯覚する程のどす黒い口の奥からずらりと並列した禍々しい牙。
吐き気を催すような口臭が少女の顔面に吹きかかる。
およそ犬歯に近い 数十、数百の黄ばんだ牙が、粘着性のある唾液を絡みつかせながら少女の顔面を包み込んだ。
そこで彼女の記憶は気絶すると同時に暗転した。
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