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恵まれた人生を歩いてきた。悩みも不安もそこそこあったが、それなりに幸せなんてのもあった。世界で一番不幸だと思うこともあれば、世界で一番幸福だと思ったりもした。世界には自分しかいなかった。自分には世界が見えなかった。
初めてそれを見たのは大学に入って一年たつだろう冬の日。きっかけは、友人と呼べなくもない人だった。今となっては友人と呼べないほどに遠い。
始まりは五月十八日の昼休みだっただろうか。それなりに親しくなったその友人に、なんだか君は彼が見えてないかのように振る舞うねと言われた。ジョークは好きだったから、そう見えるかい、なら見えていないのさ、と笑った。彼も、君の言い方は事実がよく分からなくて好きだよ、と言って笑った。俺はこの友人が苦手だった。その優しい目が、苦手だった。
七月の四日、夏の日差しにまぎれて彼が笑う。相変わらずその友人は苦手だったが、離れたいとも思わないから共にすごしていた。一緒にいるとわかることがある。それは笑い方の特徴であったり好きな歌であったり少し文字が右上がりになる癖であったりするが、なかには危険なものがあったりもする。
あの五月の終わり、俺はその友人に、彼とはうまくいかないの、と聞かれた。彼とは誰だい、と聞くと、やっぱり見えてないんだね、と言って残念そうに笑ったのを覚えている。ジョークではなかったのだ。頭のおかしな奴と知り合ってしまったと後悔した。
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