第一章 探偵

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 「ほら」  一年前に実際起こった事件を基に出版された本、『探偵小説』。作中の探偵役にあたる杉本和彦は、双子の弟、杉本和也と二人で住む京都市内のアパートに帰ってくるなり、興味津々顔で出迎えた和也に手紙を投げ渡した。  「で……どうだったのさ」  和也はそれを上手くキャッチすると、玄関で遮るように和彦に詰め寄る。しかし和彦はそれをするりとかわし、無言で部屋の中に入っていった。慌てて和也も後を追う。  築五十年を優に数えるアパートのその一室は、刻んだ年数以上の雰囲気を醸し出していた。シミだらけの壁や、木目剥き出しの天井。歩く度にミシミシと奇妙な音をたてる床。初めてこの部屋を訪れた人間は、部屋に風呂とトイレが付いていることを聞くだけでも、奇跡に感謝して二人にキスをしてしまいそうになるほど……、まあ、有り体にいうと……ボロかった。そんな部屋の中央。  脱ぎっぱなしの服などを無理矢理足でどけたスペースに座り、今にも煙を上げそうな古ぼけた石油ストーブの前で手を擦り合わせる和彦と、彼の口が開かれるのを心待ちにしている和也の沈黙がしばらく続いた。和彦の方は、まだコートすら脱いでいない。
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