心の声(音々編)

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今日、この研究所に若い女がきた。 「萩谷明衣さん…ですね」 子供達のペーパー検査をしていた萩谷という中年女性の娘らしい。 「はい」 緊張しているのか表情は固いが、笑顔が似合いそうなかわいらしい人だった。 くりっとした瞳にフワフワとした髪が守ってあげたい雰囲気をかもしだしている。 隣に私の想い人、久時さんがいるのがなんだか気に入らない。 苛立つ気持ちを抑え、最高の笑顔で対抗する事にした。 「私は岡崎音々といいます。 お部屋にご案内しますね」 勝った!! 自慢じゃないが、私は美人だ。 黒く濃い睫毛が飾る大きな瞳、白く透ける肌、柔らかい赤みをたたえた唇… それらが際立つよう、自身が一番だと思う笑みを見せたつもりだ。 現に彼女はぼーっと見とれている。 私は自信満々で久時さんに向き直った。 「久時さん」 そう、気持ちを込めて呼びかけたのに、彼は面倒くさそうに目だけで私を見た。 「あの…後でお話が…」 なんなのよ。 なんでそんな態度なの? 冷たい態度に思わず動揺してしまう。 「今夜お時間いただけ…」 「悪いけど」 言葉途中でさえぎられてしまった。 「まず新入りさんを少しでも休ませてあげたいんだよね。その話、後じゃできないの?」 後? 後って…なかなか会う機会がないのに? 「あたしなら別に…」 萩谷娘がフォローなのか横から口をだしてきた。 苛立ちから舌打ちしそうになる。 なんなの? 人の会話に割り込んで。 冷たくされた私を哀れんだのかしら。 同情したようなフォローもむかついた。 「あ! そうですね。萩谷さん、お疲れでしょう?ごめんなさい。すぐにお部屋案内しますね」 むかつく。 むかつく。 だけどここで顔に出すわけにはいけない。 別に萩谷娘が悪いわけじゃないし。 久時さんがつれないのは今に始まった事じゃない。 でも、どんなに冷たくされても、求めてしまう。 今日はあの日みたいに優しくされるんじゃないか? 今日はあの日みたいに笑ってくれるんじゃないか。 私が久時さんに心奪われた日を思い出すと、諦める事もできず、ただ、その『いつか』を期待するしかなかった。 久時さんが萩谷娘に優しく接する姿を見るたびに私の苛立ちは高まり、爆発する事になるんだけどね。 いつか。 いつかは…本当のあの人に会いたい。 待とう。 その日がくるまで。
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