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「藍ーー まぁた無駄話するんじゃないぞ!」
「へいへい」
兄貴が運転するトラックに乗り、わたしは空を見ていた。
雲ひとつない初夏の青空。空気が澄んでいるのは、ここが山の中だからかなぁ。
わたしの名前は園田藍〈そのだあい〉未来の保育士。普段は短大に通っている。
隣でぶつぶつ文句をいいながら運転しているのは4つ年上の兄、吾郎。
今は実家の手伝いで、配達をしているところだ。
実家は商店街で小さな米屋を営んでいて、後継ぎの兄貴は精力的にあちこちに営業をかけている。
今向かっているのは、そんな兄貴が契約してきた研究所で、黒木研究所というところだった。
場所は商店街から車で1時間半もかかる山の中にあるんだけど、自然が多い場所にあり、ちょっとしたドライブ気分で行けるのが楽しみなの。まぁ他にも楽しみがあるんだけどね。
「ちはーー 園田精米店ですーー」
入口の大きな鉄門の横にあるインターフォンに向かって話す兄貴。
『はい、どうぞ』
男性の返答の後、ウィーーンと小さな機械音とともに門が開いた。
緊張で胸がドキドキする。
わたしは手鏡を取り出し、メイクがヨレてないか、髪型は崩れていないかチェックした。
うん、大丈夫。
兄貴は研究所の正面口のすぐ横に、トラックをつける。
ここは研究所というわりに、外観はホテルみたいに豪華でオシャレだ。
昔はリゾートホテルだったらしい。
その名残か、庭は色とりどりの花が咲いているのだが、どれも手入れされていた。
研究所って暗いイメージがあったから、初めて来た時は衝撃的だったなぁ。
なんて考えていたら、入口から1人の男性が現れた。
ドッキーン!
一気に顔に血が集まるのがわかった。
体温が上昇し、胸がばくばくする。
目は男性にくぎづけになっていた。
「いつもご苦労様です」
「いやぁ、山峰さん、お疲れ様っす」
バカ兄貴が山峰さん、と呼んだ男性は、わたしを見て微笑んだ。
「こんにちは」
「こ、こ、こん、に、ちは!」
思わず声が上擦る。
やばい。かっこいい。
山峰さん。
彼はこの研究所の雑用をしている事務員だ。
落ち着いた物腰、くっきり二重の優しい目、細縁フレームの眼鏡をかけていて、いつも着ている白いカッターシャツは清潔感に溢れている。
わたしは彼に会うために、兄貴について来ていた。
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