夜明けの約束

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「じゃあいつものとこに運びます! 藍! ぼさっとするな」 2週間ぶりに山峰さんとお話しできる機会なのに……クソ兄貴め。 わたしは兄貴と一緒に、玄関ホールの左端に米を運ぶ。 10キロ入りのものを20袋。 そう時間がかかるわけではない。 山峰さんも一緒に手伝ってくれるのであっという間に終わってしまった。 「ありがとうございましたっ!またよろしくっす」 兄貴が頭を下げ、早々に帰ろうとする。 やばい。 「待って!」 やばいやばい。今日はこのまま帰るわけにはいけないんだ! 突然大声をあげたわたしを、兄貴と山峰さんが不思議そうに見る。 「ト、トイレ!」 あぁ……咄嗟とはいえ、なんでもっとマシな理由思いつかなかったかな。 わたしを見る兄貴の馬鹿にした視線が痛い。 「化粧室は入って右奥、エステ室の近くにありますから」 そういう山峰さんはクスクスと笑っている。 ううう…… わたしはダッシュでトイレに駆け込む。 別に本当にトイレがしたかったわけじゃない。 鏡にうつる自分を見て、乱れた髪を整え、再びミントタブレットを口にした。 深呼吸を繰り返す。 今日、わたしは山峰さんに告白する。 そう決めていた。 ラブレターがポケットにあるのを確認して、トイレから出る。 (女は度胸! スマイルスマイル!) へらっと笑顔を浮かべ、ホールに戻ろうとした、その時。 ガタッ。 男子トイレからなにか大きなものが倒れる音がした。 なに? トイレの入口を見つめる。 中から人の争う声がして…… (やばっ!) 人の気配がしたので、女子トイレに隠れた。 ほぼ同時に男子トイレから誰か出てくる。 足音が遠ざかった頃を見計らい外に出ると、男子トイレの入口に1人の少年がうずくまっていた。 「やだ! 大丈夫?」 しゃがみこんで、少年の顔を覗き込む。 ドキッとした。 光に透けるほどに白い肌。柔らかな茶色の髪。 優しく揺れる明るい瞳は、涙で濡れていた。 (綺麗な子だなぁ……) 不謹慎ながらそう思う。 わたしの姿に少年は驚いたようだけど、すぐに立ち上がり笑顔をつくった。 「すみません。大丈夫です」 これが、わたしと少年、由宇の初めての出会いだった。
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