6871人が本棚に入れています
本棚に追加
人生に『もしも』があるのなら。
私は貴方に会う日に戻りたい。
人生が『もしも』をくれるなら。
私は貴方の為に使いたい。
◆◇◆◇◆◇
あれは、私が事務員として研究所にきてから、半年後の事。
なにもできない研究員がいる、そんな噂を偶然耳にした。
研究員として雇われているのに、なんの知識も経験もないって。
すぐに誰の事かわかった。
篠田久時。
所長の知人の息子とかで、所長に媚び売るために、無理矢理押し付けてきたと、そう聞いてる人物だ。
20代後半の優しい雰囲気をした男性。
違うわね。
優しいだけの男性。
軽薄な口調や、だらしない服装。
にやにやしているばかりの顔が、私は嫌いだった。
女と見ればすぐに口説こうとするところも、苦手。
でも彼は、私にはあまり話しかけてこない。
それも少しだが、気にいなかった。
「岡崎さんはいつも綺麗だねーー」
所長の仕事のパートナー、水谷さんにお茶を出す時、彼はいつもそう言ってくれる。
私は容姿に関しては自信があった。
手入れも怠らないし、維持するための努力もしている。
他人に綺麗だと思われたい。
それだけが生きがいなのが私、岡崎音々という人間だ。
男性はみんな私に興味を持つはず。
それなのに、篠田久時は私には全く見向きもしない。
その事が私はおもしろくなかった。
なにか理由をつくっては話しかけたりもした。
でも彼は私の顔を見ない。
いや、見ようとしない。
(無能な研究員のくせに……)
いつか絶対惚れさせて……捨ててやる。
そう思った時、既に私は彼に夢中になっていたのかもしれない。
なにもできないから、仕事を与えられない。
そんな彼はよく、庭にあるベンチに寝転んでいた。
これで給料を貰ってるんだから詐欺同然。
研究員の間で不満は多い。
でも所長の知人だからって、皆、誰も口にだして咎める者はいなかった。
私はベンチで彼の姿を見かけるたび、つまり毎日、彼に話しかけた。
天気の話をしたり、テレビ番組の話をしたり。
ろくな返事が返ってこないとわかってたけど、でも、彼は私の話が終わるまで側を動かない。
聞いてくれている。
だからあの日もいつものように、たわいない話をしていたの。
最初のコメントを投稿しよう!