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彼女は静かに覚醒した。
眠りから覚めるようではなく、どこか造り物めいた休眠から起きるようだった。
「…………」
仰向けに寝ていた彼女は、今、真っ暗な空を見上げていた。
いや、空かどうかもわからない暗闇を傍観していた。
言葉はない。言葉は出ないものと認識している。
「…………」
呆然自失している彼女は、しかし、突然として起き上がった。
自分の身体を見る。健康体そのものだった。
「あたし、生きてるじゃん!」
喜びを感じる間もなく、彼女は困惑した。
自分の身体を隅々まで確認する。
傷の一つも、血の跡も、何一つとして残っていなかった。
ついでに下着もチェック。
(うん。あたしのお気に入りだ)
頷いて、首を傾げた。
再度確認する。
「なんで…、あたし、お気に入りの下着付けてるの……?今日は上下セット980円の安物だったはず!」
思わぬところで謎は深まってしまったが、その時、彼女の視界にあるものが飛び込んできた。
「………」
男だった。
ぼさぼさの頭髪に、不精な髭。擦れたように痛んだ茶のロングコート。
それは正しく、あの場にいた男性であった。
その彼がただ黙って彼女を見ていた。
「ひぅ!」
すぐさま彼女は怯えた。
身を縮め、じりじりと後ずさる。
そんな彼女を見ても、彼は一向として動く気配はなかった。
だからこそ、彼女も足を止めた。
動く気配がないとはいえ、未だ他を圧迫する威圧感は消えていない。
警戒は以前必要ではあったが、それでも実害はないのも事実であった。
「………」
「………」
二人はじっと見つめ合う。
彼女にだけ嫌な汗が滲み出た。
「あ、あのぅ」
「…………」
反応はなかったが、彼女は思い切って問う。
「こ…、ここはどこなんでしょーか?」
「…………」
答えは返ってこなかった。
しかし、彼は首を左右に振って応えた。
反応があったことに彼女は驚く。そして、その返答に首を傾げた。
「えっ、と。あなたがあたしをここに連れてきたんじゃないんですか?」
また彼は首を左右に振った。
それを見て、彼女は眉を下げる。
(そう、だよね。あの人があたしを誘拐したとしても、あの傷をどうやって治したっていうのよ。そもそも、助かる傷じゃ──)
そこまで思案して、思い付く。
一つ、確かめねばならなくなった。
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