死は転がるようにやってくる

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彼女がコトンと、糸の切れた人形のように倒れ込んだのを彼は見ていた。 (…………) みすぼらしい男は、頭を強打されながらも意識は未だ有していたのだ。 しかしながら、強打したのが後頭部だった故に彼の身体の機能は一時的に不全と化していた。 だが、不全の身体で彼は起き上がろうとする。 屈強な腕を立て、力任せに自身の身体を起き上げる。 「……っ!」 起き上がりかけた彼に気付いた彼女の同級生は、させまいと彼の腹部を蹴り上げる。 しかし、日本人離れした巨躯を持つ彼には意味を成さなかった。 ナイフを持った少年は怯む。 立て膝を着きながら自身を睨みつける彼と対峙しながら、少年は判断を迷っていた。 交戦か、撤退か。はたまた降伏か。 「……」 「……」 二人は睨み合う。 少年にはわかっていた。 彼には敵わないと、その眼が語る存在感を以て知っていた。 だが── 「けひ」 少年は笑みを浮かべた。 その顔は年相応のソレとなんら変わらない、普遍的なものだった。 少年は踏み出す。 敵わないと知りながら、まるで楽しむように踏み込んだ。 「…………」 彼は無表情でそれを迎えた。 否。それくらいしか彼に出来ることはなかったのだ。 やがて、突き出されたナイフの切っ先が彼の喉元を切り裂いた。 爆発したように血液が散布された。 彼は傷口を押さえようとはしない。 少年が撤退しなかった時点で彼は負けていたのだ。 あの短時間で起き上がれたのは奇蹟のようなもので、それだけのものだった。 起き上がれただけで、それ以外の余裕など今の彼には残されていなかった。 再び彼は倒れ込む。 ゆっくりと、慎重に、丁寧に。 慈しむように優しく、仰向けにその身体を横たえた。丁度、後ろの彼女を覆い被せるような形になる。 その間にも出血は止まる事はなく、次第に周囲は血の海となった。 「けひ…、ひひ、ひひひ!」 そんな光景を目にし、少年は笑う。 穏やかな表情を浮かべて、少年は彼へと跨った。 再度、二人の視線が交差する。 意識すら消え掛けた瞳で、彼は見る。自分を殺す相手の瞳を。 特に感慨もないように、無感情の視線で見つめた。 少年がナイフを振り上げる。 そして、ナイフが自分の心臓を突き破るのを見届けて、ようやく彼は瞳を閉じた。 彼は最後まで無表情だった。
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