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ちょっと当たっちゃったごめん的なあまりにも軽過ぎる言い草に、茶髪の少年が吠える。
「ふざけるな! お前は何となくで人を蹴るのか?」
「だから膝カックンだと――」
「うるさい黙れ! そんな横暴が許されると思っているのか?」
「当然だろう。これは警告だ。俺のアリスに手を出したら殴る。――ああ、膝カックンだった」
「アホか! 警告っていうのは事を起こす前にするものだろうが!」
「ああ、そうか。忘れていた。すまない」
何やら怒りが一方通行で。
ちぐはぐなやりとりを交わす二人の男の子を視界の端に捉えながらも、その時のアリスには全く聞こえておらず。
彼女の頭の中では、ただ一つの言葉が延々ぐるぐる回っていた。
――今、何と?
“俺のアリス”とか言わなかったか?
――誰が、誰のモノですって?
「いつから私があなたのモノになったのよ」
「今日。ついさっき。俺が花冠を贈って、アリスがそれを受けたから」
ああ、そうだった。
花冠。
そうだ、あの不本意過ぎる――――。
その瞬間、全身の血が沸騰するんじゃないかと思うほどの激情が腹の奥底から湧き上がり、足先から頭のてっぺんまで駆け巡った。
“花追い祭で男性から贈られる花冠は、婚約の証”
アリス・キーツは六歳の春に、幼馴染みのリアム・フェルヴィスから花冠を贈られた。
自分の意思が全く絡まない、卑怯な不意打ちで。
アリス・キーツの幼馴染みときたら、牛みたいによく食べるし、猪みたいに飛び出すし、頭の中で馬と鹿が仲良く踊っているような人物で。
たとえその容貌が幼い頃から人並み以上に整っていて、村の人々から「黙って立っていれば一級品」と陰で囁かれていようとも。
たとえお勉強が良く出来ていたとしても。
それらの良い点を忘れてしまうほど、彼の性格は問題おお有りで。
将来の伴侶にはせめて人並みの思いやりや優しさを持ち合わせている人を選びたいと思うのは、決して贅沢な望みではないと思うのだ。
「私は絶対絶対絶対! 認めないんだからあああああああ!」
その日、囲いの中に響いたアリスの絶叫に、背が曲がった老人から揺り籠の赤子に至る村民全員が同情の吐息を漏らしたという噂は、果たして真実であったのか否か。
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