第二話 林檎の木の下で

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アリス・キーツの幼馴染みときたら、顔は人並み以上、食欲も人並み以上。しかし性格は人並み以下の以下な変人で。 こちらが考えもしないような突飛な行動に突然出るし、空気は読めないし、一見賢く見える頭の中で、馬と鹿が仲良く万歳をしているような、そんな人物であった。 家が三十センチちょいの距離間なお隣さん同士だったこともあり、物心付いた頃の記憶から、アリスの視界にはリアム・フェルヴィスの姿があった。 彼女にとってはそれこそが不幸の始まりだったと言えなくもない。 たとえばある日のこと。 西の森に狩りに出かけた母の留守中に、見よう見まねでお菓子を焼いてみたことがあるのだが。 焼きたてを友人に食べてもらおうと薪オーブンからまだ温かいお菓子を掻き出して、皿に並べて、作業台の上に置いて冷ましていたら、豚と鶏を放してある納屋兼家畜部屋から続く勝手口から入ってきたリアムに全て食べられてしまった。 本当に一瞬の出来事で、唖然と立ち尽くす彼女に彼がかけた言葉といえば。 ――ごちそうさまでした。 意外とちゃんと挨拶が出来る――否。そんな小さなプラス評価など、その直前の彼の行動を振り返れば、プラスマイナスゼロどころか大きなマイナスだ。 数日前に蝶番が壊れたので扉を外し、修理を怠ってそのまま放置していた自分にも非はある。 だがしかし。 知らない間柄ではないとはいえ、扉が壊れていたとしても。 他人の家に勝手に侵入して、彼女が苦心して焼き上げたお菓子を彼女が味見をすることも許さず全て胃に納めるとか。 どこまでも非常識な少年である。 毎度毎度、彼の突飛な行動に振り回され、不幸な目に遭うのはアリスで。 その度に彼女は怒るのだが、いつだって空気が読めない幼馴染みは飄々とかわしてきて。 どれほど彼女が汚い言葉を使って怒りをぶちまけようとも、少しも気にする様子も無く。 そのうち疲れてきて、自分だけ怒っていることが馬鹿らしくなって言葉の攻撃を止めると、彼はいつも決まってこう言ったものだった。 ――終わった? じゃあ俺、帰る。
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