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冒険者だったという母は、三十代を半ば過ぎたところで未だにそれほど衰えを見せない美人さんで。
老婆のような白い髪と、猫のような金の瞳を持つアリスとは悲しいほど似ていない。
もう少し鼻の辺りとか目の辺りとか似てくれたら良かったのに。
特にあの左目の下にある泣きボクロとか、皆から色っぽいなどと言われていて羨ましいし、そういうところがちょっとでも良いから似てくれれば――しかし、母曰く、「ほーんと、悪いところは良く似ちゃうのよねー。親子って」とのこと。
実に残念である。
女二人だけの食卓。
そこで出た食器を二人で協力し合って洗うのだから、どれほどゆっくりと丁寧に洗ったところで、さして時間がかかるものではない。
すぐに全て洗い終えて、汚れた水を外に捨ててしまえば手持無沙汰となり、今度こそどうして良いのか分からなくなる。
どうしようかな。もう寝ようかな。でも――。
アリスが小さな脳味噌であれこれ考えていると、ようやくクロエが声をかけてくれた。
「ねえ、アリス」
一つに緩く編んだ白いおさげを踊らせ、アリスは跳ねるようにして母を振り返り、慌てて床に視線を落とす。
実際にはそれほど時間は経っていなかったかもしれないが、ずいぶんと長いこと母の声を聞いていないような、そんな錯覚を起こすくらいには、幼いアリスにとってそれは不安な時間だった。
恐る恐る上目遣いで見た母の顔に浮かんでいるのが怒りではなく、穏やかな笑みだったことを確認すれば、安堵から肩の力が抜けた。
「ねえ、アリス。私が今、何を考えているのか、分かる?」
「え?」
それが分かるのだったら、これほど不安になることはないし、気を揉む必要もない。
嫌われたのかと心配しなくて済んだのに。
「――分からない」
アリスがふて腐れて下を向くと、母はふいに彼女を自分の豊かな胸へと抱き寄せ、癖で穏やかに波打つ白い髪を撫でてきた。
セーター越しに頬に感じる柔らかな鼓動と、物心つくよりずっと昔から馴染んでいる優しい手の動きは、絶対的な安心感を与えてくれる。
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