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怒られるし、はしたないから、もうスカートで木登りをしようとは思わなかったが、
夕陽に照らされた枝先の林檎の実は赤く輝いており、たいそう美味しそうに見えた。
いや、自分はもう何も知らない子供じゃないし、スカートで老木にしがみ付いたり、無理矢理枝をしならせて、ばっきりと折ったりなんてそんなはしたない真似、出来るはずもないし、一ミリだってそんなこと考えたりしてはいないが。
「だって、お母さん。私、成長したの。何も知らずに男の子と走り回るような子供は卒業したの。なんて言うか――やっとアイツの悪いところに気が付いたっていうか……。それにほら、アイツって常識知らずだし、デリカシー無いし」
こちらの意思も確認しないでいきなり花冠を押し付けてくる奴なのだ。
どう考えても責められるのは彼であるべきだし、村民のほぼ全員から変人扱いされるのも頷けるというものだろう。
思わぬ不幸を被ったのは自分で、可哀想なのは自分の方なのだ。
「お母さんこそ。私が六歳でお嫁に行っても良いっていうの?」
思い出したらまた怒りが込み上げてきて、アリスは直前までの眠気も忘れて、ベッドの上で勢い良く半身を起こす。
「だいたいお母さんはアイツのこと、買いかぶり過ぎなのよ」
そうだ。アリスの幼馴染みの少年、リアム・フェルヴィスはチビの癖に大食漢で、興味があることには後先考えずに猪よろしく突っ込んで。
紳士的な優しさや思いやりなど、欠片も持ち合わせない大馬鹿野郎なのだ。
「まあ、確かに結婚を決めるにはあなたたちは、ちょっと若過ぎるとは母さんも思うけど」
「でしょ? ちょっと勉強出来たって、ちょっと顔が良くたって。私は絶対絶対ぜーったい! リアムなんかと結婚なんかしないんだから!」
お休みなさい! そう吐き捨てて、後は頭からすっぽりと上掛けを被って、頑なな亀さんを決め込む。薄い毛布や分厚い布団を幾重にも重ねた上掛けの重みと暗闇の向こうに母の溜め息を聞くが、聞こえないふりをした。
――ねえ、アリス。そんなに嫌なのなら、ちゃんと考えて、貴女の言葉で、貴女の思いを彼に伝えなさい。きっと分かってくれるから。
それだけ言い残して、母は部屋から出て行ったようだった。
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