酸っぱい飴。

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 「……っ」 いけない。早くドアを開けて廊下に出て、帰宅せねば。 なのにどうしてか足は動かず、心臓ばかりが「ああ、これが人体の核なんだ」と思わせるほど脈動した。  咥内が冷たい。 「……っ…」  頬が、目の奥が熱い。 「あ…………」 「…なんだ?」 先生がふと資料から顔を上げ、こちらを見た。  だめ、いけない。  見ないでこちらを。 不審そうに寄せられた眉。貴方の瞳には僕がどう写るだろうか。 「何か言ったか?」 「………」 何か言わなければいけないのに声が出ず、目が泳いでいるのが自分でも分かる。  先生が立ち上がり僕の方に歩み寄って、目の前で立ち止まった。僕はどうすべきか分からず先生の重そうな髪束を見つめた。 「具合でも悪いのか?」 「……いえ」 唇の動きに若さ故の情がじわりと足に絡み付く。 「…手を出せ」 「は……?」 突然の事態に戸惑いながら左手を突き出す。 「はい」 「…あ」 かさりと、先生の骨張った手から落ちてきたのは楕円のフォルムをしたピンク色の銀紙だった。 「これは?」 「風邪にはビタミンCだろ」 疑問に顔を上げると、もう先生は踵を返して教壇に向かって歩いていた。  拍子抜けしてしまったのか変な力が一気に抜けて笑えてきた。 「ふふっ」 「…なんだ。」 資料を手に睨む先生の耳が心なしか赤く見えるのは僕の自惚れかな。
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