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…ギシッ
視界の端で、組んでいた先生の足が床に着く。
古い民家を修復して住んでいる先生の家は、動くたびに床がみしみしと音をたてる。
先生は、そのまま、ゆっくりとテーブルの縁に沿ってわたしの方へ歩み寄ると、同じソファに深く腰を下ろした。
シュッ
くわえた煙草に、マッチで火を点ける。
ライターは嫌い。
前にそう言ってた。
ボロボロの車、古い家、アンティークのソファ。
マッチ、ラジカセ、ランプの光。
先生は、古いものや不便なものばかりを好む。
味わうように飲み込んだ香りを、スウッと一筋の煙りに変えて吐き出す。
煙草をくわえたまま、もう片方の手でわたしの頭をポンポンと二回叩き、ぐいっと自分の胸に引き寄せた。
「…終わんねーだろ、別に。」
煙りとともに、こぼれる言葉。
「…でも、辞めさせられちゃうよ?」
引き寄せられた胸に、顔を埋めながら呟く。
思ってた以上に、声が小さくなってしまう。泣いてしまいそうだ。
「だーいじょーぶだよー。
退学とかならんように、うまいことやるから。
学校側も体裁あるから、そうそう簡単に生徒辞めさせんよ。
そもそも、俺が誘ったようなもんだしな。」
「わたしじゃなくて!」
先生はきょとんとした顔。
「んあ?俺か?あー俺はー…
あれだ、教師はたまたまなったようなもんだし、
クビになったらなったでそん時だ。」
頭にのせられた手が、ぐしゃぐしゃと髪の毛をもみくちゃにする。
「でも!…そしたらっ!…」
わたしは勢いよく顔をあげ、言いかけた言葉を飲み込む。
ほんとに、ゴクリ、と音がしそう。
先生は、片眉を下げて困った顔をする。
そして、わたしの髪の毛に指を通し、そのまま頬に優しく触れる。
「大丈夫だよ。
黙っていなくなったりしないから。」
わたしは、何も答えずに、先生の肩に腕を回ししがみつく。
「うわっ、おっまえ、危ないよ。」
先生は苦笑いで、わたしを抱えたまま煙草を灰皿に押し付ける。
『…それは、
いなくなることを告げてからそうする、
という意味じゃないの?』
喉元に絡まったまま、吐き出せない言葉を拭い去ってほしくて、わたしは先生にキスをした。
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