彼と彼女のカクシゴト

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薬品の匂いが鼻につく。 この部屋に、染みついているんだ。 そこに、微かに紛れる別な匂い。 「校内禁煙、ですよ。」 緞帳のような暗幕の前、 煙りを燻らす指先が、ぴくりと動く。 物音をたてずに近付く作戦は成功したみたい。 匂いの主が、ゆっくりと振り向く。 「なんだ、アズか。」 安心したような、崩れた笑顔。 「校内、名前禁止。」 そう言うと、ばつが悪そうに笑い、煙草をもう一口。 「禁止ばっかだな、ここは。」 白衣のポケットから携帯灰皿を取り出し、吸い殻を押し付けた。 「規則は守らなきゃですよ、先生。」 わたしの頬は、きっと緩んでいる。 我ながら、わざとらしいったらない。 白衣がひらひらと近付いてくる。 勿論、中身も一緒に。 「はいはい、里中サン。」 骨張った左手がわたしの右頬を包んだかと思うと、 次の瞬間にはもう、口中に、煙草の味が広がっていた。 甘くて、苦い。 わたしは、キスはこの味しか知らない。 「これも、校内禁止、だな。」 頬に手を置いたまま、額に額をくっつけ向けてくる瞳は、まるで悪戯っ子みたい。 「当然…厳禁。」 そう言うわたしは、すでに笑ってしまっている。 おでこをくっつけ合わせて、ふたり揃ってクスクスと笑った。
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